感想しか書いてない

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【感想】渡辺京二著 逝きし世の面影

 この本は、著者が外国人から見た幕末明治初期の日本への情景をまとめたものであり、当時の日本が如何に現代日本とかけ離れた美しい光景と人々が見られたかというのが述べられている。当然、それは西洋人から見た色眼鏡であり、光の面しか見ていないものであると作者はくどいほどしつこく述べている。しかし、彼らが見たものは確かに現実としてあったもので、それが我々日本人が近代化によって失い、もう二度と取り戻せないものであるという悲しい結論が述べられている。よくXなどで保守系の人が「江戸時代は素晴らしいかった」みたいな発言に対して当時の衛生状況やら死亡率などをあげて突っ込まれる光景は良く見るが、この本を読んで私はインドが好きな人はかなり良い時代ではありそうと感じた。江戸時代の日本は端的に表現するなら、「人々が割合善良寄りで、街や風景が綺麗なインド」がかなり合っているのではないだろうか。しかし、この本に書かれている当時の日本人のおおらかさには、本当にこれだけ世界トップレベルで神経質になっている日本人と血が繋がっているのかと疑いたくなる。

 幕末が訪れた西洋人が「いずれこのような光景が無くなってしまうだろうと思うと悲しい」と言っているのを見ると、近代文明に冒される前の光景というのが如何に牧歌的なものだったのかが伺い知れる。「貧乏人はいるが貧困は存在しない。みな明るく陽気だ。」という事だけ聞くとまるでユートピアの話のようである。火事で焼け出されてもすぐにみんなで小屋を建てて平気な顔で復興しようとしたり、船に雷が落ちてマストが焼け落ちても落ち着いていたりと、当時の日本人の強さには驚かされるが、これは死亡率が高いゆえに死と生の垣根があまりなく、死んだとしても生きたとしてもお互い様という意識があるのだろう。それは個人間でもそうで、宿でどんちゃか騒ぎをしていても当時の日本人ならうるさいと言うどころか寧ろ、「私もまぜろ」と言ってそれで皆楽しい思いをするのだから、現代日本人とは意識が完全にかけ離れている。やはりなんとなくだがインドっぽいところがあるのではないか。

 個人的に面白いと思った事は、上流階級より明らかに庶民の方が規律がないので自由に暮らしている。当時の江戸の庶民に女言葉はなく、女性でさえべらんめぇ口調だった。なんなら女性でも女郎を買いに行くような女傑がいた(一体何をしたんだ)。基本的に男尊女卑だが、家では完全に女性(特に姑)の権力が強い。外国では珍しい夫が妻から小遣いをもらうという形式は江戸時代からあったようである。

 身分差はあるものの割と身分が違っていても対等に会話したり、老若男女上流階級も庶民も花や月、季節の移り変わりの風景や行事を楽しみ、詩や歌を吟じる。最早完全に日本から失われた光景である。ある老人はひょうたんに酒を入れ、巻紙を懐に入れ、読んで書いた歌を花にくくっていたらしい。最近は昔は良かったに対する反論が多いがこういうのを見ると、当時は死や苦しみは多いものの、精神的には我々現代人よりそれほど苦しみもなく自由に生きられたのではないかと思えてくる。重労働でさえ歌を歌いながらダラダラやっていて外国人を呆れさせたくらいである。

 子供や動物への対応もよくもわるくもいい加減なものである。ある西洋人が寺に入りたくて賄賂を渡して入れてもらったが、その時に町の子供達数百人も勝手に入ってきて鐘を鳴らしたりと遊びまくるも誰も怒りはしなかったとあり、現代日本人では考えられない事である。動物でも犬はそこら中にいて地域犬として皆で世話したり(当然、試し斬りの材料にされる事もあるが)、どぶに落ちたら先に落ちた酔っ払いより優先して救ったりと、動物達に対する視線も温かい。西洋人のそれと比べると明らかに人と畜生の垣根が低いのである。

 宗教に関しても、寺によく行くのは女子供や貧乏人が多く、男や武士といった上流階級はいかないばかりが現代日本人のように無神論っぽ感覚を持った人が多かったようだ。むしろ宗教≒祭りという感覚が強かったようだ。ゴリゴリのプロテスタントだった西洋人からはかなり異様な光景に見えたようである。ただ、お盆といった行事はしっかりやったりと明らかに宗教事は馬鹿にしていない感じではある。ただ、西洋人から見ても当時の僧侶や神官は無気力などのえらく評判が悪く、ある西洋人が寺に泊った時にお祈りしたいから場所が欲しいといったら、仏像を動かして倉庫にしまってしまったという話があるくらいだから、当時の仏教界がどれだけ形骸的になっていたかがよくわかる。廃仏毀釈で弾圧されるのも当然といえば当然になるのか。

 しかし、作者がいうようにこれらの牧歌的な景色も、幕末には限界に来ており、これから世界で生きていくのを考えると滅びる運命だったのだろうと述べられているのは少し悲しい気持ちになる。

 江戸時代の日本はユートピアではないものの近代文明に冒されていないうぶな社会ではあったのだろう。

 余談だが、マツバラン、イワヒバ、オモト、セッコク、フウランといったくそ地味な古典園芸植物というものがあるとこの本で知った。