感想等メモ

Xの検索機能がゴミと化したのでこちらで記録する事とした。

野望の王国というより強迫観念の物語に見える 【雁屋哲原作 野望の王国 感想】

 この漫画を読むと「俺たちは小賢しくなってしまった」と感じる。語っている事は固い?ものであるが、そこに至るまでの過程が熱情と勢いと暴力で何もかもつっきる様は現代の漫画ではギャグ漫画以外では不可能だろう。

 しかし、本作の主人公である征五郎は野望に燃えているというより、強迫観念に突き動かされているようにしか見えない。この本を読んでいる時に自分は征五郎の動機がよくわからなかった。野望野望と言う割に野望を叶えてどうするのかという事は征五郎からは全く語られない。相棒の片岡の方がまだ理解できる。「父を殺した社会の特権階級に復讐するため」なのだから。話の終盤あたりで自身が「ヤクザの妾腹の子として生まれた為に世間から蔑まれる運命を社会から背負わされたが、その社会は偽善的だから、人間としての尊厳を取り戻すにはそんな社会を支配するしかない。」と言っているが、個人的には「尊厳を取り戻すにはそこまでせねばならんのか」とも思わなくもない。征五郎は征二郎の事を「昔ながらの侠客的な考えを持っているから、俺とは合わない。」とも言っているが、征二郎が利益を出しまくる企業経営をしたり、飛行船と高性能カメラによる監視網を築いたりと、明らかに現代の軍事会社並の組織運営を行っているので、征五郎が時間をかけて征二郎を説得したりなどすれば共存共栄できるのではとも思ってしまう。

 そもそも、征五郎がここまで支配に執着するようになったのも、幼少期に本家の兄弟達からいじめられている所から端を発しているが、これを見ると野望の目覚めというより、強迫観念の目覚めの方が近いのではないか。

 征五郎のあの思考だと、この先はアメリカとの対決をも視野に入れていかなくてはいけないだろう。それを考えると恐らく彼はこの先あまり幸せにはなれないのではないか。

 全体として見るとチート主人公が煩悩が燃え盛るままに日本を支配する話であり、動機も怒りや恐怖から来ているという悲しいというか滑稽な話でもある。そもそも原作者自体があとがきで「無茶な野望を追いかけると不幸になる」とも書いてあるし。

 平田弘史作品などの劇画でもよく言われるが、「必死な行動は俯瞰して見ると滑稽になる。」というのはこの劇画を見ると本当に実感する。

 

 

ナガノ原作 映画ちいかわ人魚島のひみつ 感想

 内容はXで追いかけていたので、映画化すると知った時は見ようと思っていたが、よくも悪くも漫画の通りに映像化が出来たなという感じだった。

 自分がひねくれているからかもしれんが、島二郎などのご都合展開があまり説得力がなかったというか、漫画だと端折られていたアクションシーンが映像化でちゃんと描写されると、ちいかわの絵柄もあってシュールというかなんか変な違和感を感じてしまった。そもそもナガノ作品自体がシュールなものなので野暮なつっこみではあるが。

 鑑賞後、映画館を出た後、娘を連れた父親が「なんかモヤモヤする」とボヤいてたり、祖母?を連れた孫娘?が「ちいかわは実はダークなんだよ」とドヤ顔で語っていたのが印象的だった。

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リュドヴィック・スリマック著 裸のネアンデルタール人 感想

 内容が気になったので手にとったが、自分の読解力がないからなのか、よくわからない内容が多かった。全体的に著者がフランス人だからなのか回りくどいポエミー?な言い回しが多く、「結局何が言いたいんだ?」と思う事がしばしばあった。

 テーマとして語られている様な話の前提で「ネアンデルタール人は我々ホモサピエンスと変わらない」という事を著者は語っているが、そもそもそういう話があった事自体初耳だった。

 著者曰く「彼らを我々ホモサピエンスと同じような存在とみなすのはかつての先住民同化政策に等しい」と語っていた。その道の第一人者がそういうならそうなのかもしれないが。

 著者はネアンデルタール人を「優れた存在」と言っているが、狩猟方法が槍を持って獲物と一対一でとびついて仕留めているので狩猟の効率性がホモサピエンスと比べても段違いで悪く(ホモサピエンスは弓や投槍器を使って効率的に狩る)、それ故に群れの規模も小さいものだったらしい。あと、ネアンデルタール人は骨や牙に穴を開ける技術がなかったとか、ホモサピエンスの自分から見たら「個の能力は高いけど、群れの能力としては低かったのでは?」と思ってしまう。

 ホモサピエンスは「規格化」が得意で差異を認めないが、ネアンデルタール人は規格化が苦手で差異も気にしないらしく、その辺がまた集団形成能力が低そうだとも感じた。

 あと、微妙に気になったのが、ホモサピエンスとネアンデルタール人の交流はネアンデルタール人絶滅直前の時期だったらしい。

 なんというか、ホモサピエンスの人口圧でネアンデルタール人がおされたみたいな事も書いてあった。正直、面白い部分は少数の部分しかなかった。

 

 

ASD傾向強めのやつは怒りが持続しやすいらしい。

 ASD傾向強めの人間は怒りや恨みが継続しやすく、またその怒りを拾う感度が周りとずれていて、そこから連想ゲームで変わった解釈をしてしまい、そこから妥協なき確信からのまわりからの孤立を深めてしまう。そして執着しネットで粘着する。

 ASDは他人と違う感度から何かしらの発見や創作などをしたりするが、悪い方向に行くとこのような結果になるのだろう。

 あと、この話を聞いて真っ先に連想したのが暇空茜である。あの人間はひたすら確信と連想の繰り返しばかり行っている。

 

ソース元

【無差別事件】加藤元死刑囚の友人が情報提供…生活苦の末に道地れにしようとした男の裏側がヤバすぎた【かなえ先生の雑談】

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ワークマンのXシェルターは熱がこもりやすい。

 去年の酷暑を経験したので、遮熱の重要性を感じ、Xシェルターのパーカーと長ズボンとキャップを購入したが、個人的には屋外での活動には向いていないと感じた。酷暑下であまり動かないのであれば問題ないと思うが、歩いたり自転車に乗ったりするとかえって熱がこもって余計に暑く感じる。

 現時点での酷暑下で活動する際の服装はおたふく手袋の夏用の長袖長タイツのインナーを着用し、その上から短パンとユニクロなどで購入した夏用のTシャツを着て、頭にはおたふく手袋などの夏用キャップをかぶり、またその上に鍔の広い帽子をかぶるのが一番ベターだと考えられる。

 

 

 

 

【渋沢栄一に学ぶ、倫理軸の育て方。何のために生きるのか?】創業者の思想が風化する理由/福澤諭吉はドラッカー/修身斉家治国平天下/引退後の渋沢栄一/健康の秘訣/もし渋沢が現代に生きていたら?

 何故か、睡眠時間の話が出てきたが、浅野総一郎という実業家は「4時間以上寝たらバカになる」と言って2~3時間くらいしか眠らず、それで82歳まで生きたというから、彼は本当のショートスリーパーなのだろう。人口の1%以下というから彼は天から愛されたともいえる。99%の人間はとにかく8時間は寝た方が良い。実際にそれくらい寝ている成功した実業家はいる。しかし、成功した実業家にショートスリーパーの遺伝子であるDEC2遺伝子などが他の集団より多いのかどうか何処かの研究所が調べて欲しい。

 守屋淳は「アウトプットには独創性はないが、インプットには独創性がある」と言っているが、これってもしかして興味が偏る傾向の事を指しているのか?守屋は戦前の雑誌などのAIが取り込めてない情報が重要とか言っているが、これって外に出て在野の情報をかき集めることも重要になるからインドア傾向の人間にはキツイ話なのでは。なんにしても、それなりに自前で情報を吸収してしょぼいインプットとアウトプットを繰り返して仮説を組み立てて実行するサイクルをやり続けるしかない。

 直観とトレンドを見極める見識を持つには「大局的な考え方を両立させる必要がある」とのこと。「進むべき時は進み。退くべき時には退ける」みたいな。渋沢栄一は中国古典からその大局観を身に着けたらしいが、そういう事にしておこう。韓非子とか孟子は自分も興味あるし。

 胆力は「志を持つ」という事らしい。ある種の信仰だな。信仰がなければ先が見えない状況を進む力など湧いてこない。

 個人レベルでこれらを落とし込むなら、信仰か志で人生の方針を決めて、そこから大局的に自分を見ながら行動していくという事になるのか。まあ、これならしょうもないスペックでもそれなりに面白い人生が歩めるという事になるのか。

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【明治実業家に学ぶ、乱世を生き抜く力】現代と明治は似ている/資源を抑えた三菱・三井・住友/知識・見識・胆識とは?/渋沢栄一は学歴ゼロ/引き際の判断力/岩崎弥太郎とカーネーギー/寄付で嫉妬をかわす

 興味を引いたが、あまり再現性を感じない事を言っている印象。

 乱世は信頼できる人間で固まってまわす傾向が強まる(岩崎弥太郎はこの傾向があり渋沢栄一とは対照的と語られていた)と言っていて、明治以降の社会を考えたら、これからの社会も格差と最終的な破綻しかないのではとしか思えなかった。とりあえず、見識は漢籍から来てるらしいので、それを読むのはそれなりに有用ではありそうではある。

 あと、成功したやつは早くから慈善事業をアピールすれば余計な妬みを買わなくて済むと言っているが、そのうちインフルエンサーがSNSでそういうのをアピールしたりし始めるんだろうか。

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