凄い人がいたものだ。
知床のルシャという場所に漁場を持つ漁師の大瀬初三郎さんという人がいる。
そしてそのルシャという場所はヒグマの巣窟でもある。あの三毛別羆事件でおぞましい被害を出したあのヒグマである。
ただし、大瀬初三郎さんを含めた漁師仲間はそこで半世紀も漁をしてきて一度もヒグマに襲われていない。
何故かというとヒグマを「コラ!」と叱って追い払っているからである。それだけである。なので、彼はヒグマのオヤジと呼ばれている。
叱るだけでヒグマを追い払う漁師の大瀬初三郎さんに驚くと同時にヒグマを叱る大瀬さんの顔に何か愛情のようなものも同時に感じた。
最初に大瀬さんを見た時はなんだか喋りが東北っぽいなと思ったのだが、出身は青森の貧しい漁村だと紹介されていたので合点がいった。ただ、青森を離れて大分経つのに訛りはそんなに抜けないものなのかとも思った。知床の奥地だからあまり抜ける事もなかったのか。
ともかく、大瀬さんは豊かな漁場を求めて北海道に進出するも条件の良い漁場はすでに人の手にあり、彼が持てたのは知床のルシャという吹き出し風のために船を出せなかったりヒグマが高密度で生息している危険な場所だった。
最初はヒグマをハンターに頼んで駆除していたが、気分は悪かったらしい。昔の人でもそう思うもんなんだね。
ただ、叱ればヒグマは逃げると分かったのは10年くらいたってからで、仕事中にヒグマがいきなり後ろにいたので、驚いて怒鳴ったら逃げて行ったのでそれからやりだしたらしい。
それから、ヒグマには「腹の底から大声を出す」「絶対に目を逸らさない(にらめっこ負けしない)」「勇気を出して足を前にだす」という対処をしてきた。(ただ、テロップで絶対に真似をしないで下さいと出ていたのはなんだか滑稽に感じた)
とにかく弱く見せたらダメでとにかく自分を強くみせるというのは動物界では重要というのは聞いた事がある。それが一番出来るのがガチョウであるが、大瀬さんもそれに近い事をやっているのだろう。しかし、はったりをかますというのは何かしら動物の本能に近かったりするのだろうか。ヤクザ社会と変わらんではないか。
ウシに襲われても全く動じないガチョウ
Cows try to Scare off a Brave Goose
何にしても、このオヤジ達とヒグマは共存共生しているが、それは世間の人が思うようなお互いが仲良くというより、あくまで線引きをしっかりして余計な関わり合いを持たないようにする(餌をやらないとか)というものである。多様性とはある種そういうドライな関係が重要なのではないだろうか。ネットでのいざこざを見ているとお互いあまり関わらない事の必要性を感じてならない。
ただ、昨今の気候変動の影響で、餌が取れないために餓死するヒグマが続出し、みかねたオヤジが漂着したイルカの死体を流されないように縄でくくっていたのは感動の光景だった。
イルカで飢えをしのぐヒグマを見て、オヤジは涙ぐんでいた。
番組の終盤で国際自然保護連合のピート・ランド博士が視察に来ていたが、ヒグマに対しては堂々と接するオヤジも海外のインテリさんには少し緊張していたのは微笑ましかった。
ただ、欧米の感覚ではもっと人と自然は距離を開けるべきという考えなので、オヤジたちが利用する砂防ダムや橋を撤去しろと言っていたのは、どことなく欧米の傲慢さを感じた。
そして、オヤジ達のヒグマの接し方を見て、博士はかなり驚いており、ここでも欧米と日本の違いを感じた。
ただ、ここまでくると傲慢な文明人が高貴な野蛮人に鼻を明かされるという美味しんぼでもあるようなステレオタイプのシナリオをヒシヒシと自分は感じてしまった。
自然と人間はどう関係していくかに正解というものはないのだろう。
博士にも博士なりの考えがあるから一方的にダメと判断するのも傲慢な考えだろう。ただ、個人的にはオヤジのような近いけど、きちんとお互いの壁を意識するような関係性に自然的なものを感じるので、こういう考えをもう少し世界に広まっていいのではと思う。
これからもああいうヒグマと漁師の関係が続いて欲しい。